鳥屋野球場の歴史が深すぎる|プロ野球開催から移転計画まで徹底解説

新潟市中央区に位置する鳥屋野球場は、1963年に開場した新潟を代表する野球場のひとつです。

正式名称は鳥屋野運動公園野球場(とやのうんどうこうえんやきゅうじょう)で、旧称の新潟市営鳥屋野野球場という名前でも長く親しまれてきました。

両翼97m・中堅120mのグラウンドを備え、硬式・軟式のどちらにも対応しているこの球場は、主に高校野球や社会人野球など、アマチュア野球の試合会場として60年以上にわたって新潟の野球文化を支えてきました。

かつてはプロ野球公式戦も行われ、新潟に野球の熱気を届けていた歴史ある施設です。

しかし2024年元日に発生した能登半島地震の影響により液状化現象で施設が損傷し、現在は使用不能の状態が続いています。

この記事では、鳥屋野球場の基本情報から歴史、アクセス方法、そして今後の移転計画まで、知っておきたい情報をまるごとお伝えします。

目次

鳥屋野球場とはどんな球場か|基本情報を一気に解説

新潟市中央区女池南3丁目に位置する鳥屋野球場は、新潟県の野球史を語るうえで欠かせない球場です。

施設は新潟市が所有し、新潟市開発公社が指定管理者として運営管理を担っています。

60年を超える歴史を持つこの球場は、近年まで高校野球・社会人野球・クラブ野球など幅広いアマチュア野球の舞台として活用されてきました。

読み方と正式名称|とやのと読む新潟の歴史ある球場

正式名称は鳥屋野運動公園野球場で、読み方は「とやのうんどうこうえんやきゅうじょう」です。

旧称である新潟市営鳥屋野野球場という名称で地元の人々に長く親しまれており、球場正面の銘板には今もこの旧称が刻まれています。

地元では単に「鳥屋野球場(とやのきゅうじょう)」と呼ばれることが多く、新潟の野球ファンなら誰もが知る施設です。

球場スペックを数字で見る|両翼・中堅・収容人数

鳥屋野球場の主要なスペックは以下のとおりです。

項目数値・詳細
両翼97m
中堅120m
収容人数(外野)14,000人
グラウンド種別内野:土 / 外野:天然芝
対応種別硬式・軟式どちらも可
照明設備なし(夜間利用不可)

両翼は1989年の改修で90mから97mに拡張されており、現在のアマチュア野球の基準を十分に満たすサイズとなっています。

内野土・外野天然芝のグラウンド構成

鳥屋野球場のグラウンドは、内野が土、外野が天然芝という構成になっています。

天然芝の外野は手入れの手間がかかる一方、プレーヤーにとって美しい景観とプレー環境を提供してくれます。

球場施設としてはスコアボードも設置されており、2009年のトキめき新潟国体開催に向けてLED方式に改修されています。

夜間照明なし・冬季閉場の利用制限について

鳥屋野球場を利用する際に必ず押さえておきたいのが、以下の制限事項です。

  • 夜間照明設備がないため、夜間の利用は一切できません
  • 冬季(11月第3日曜日以降〜4月第2日曜日前)は閉場となります
  • 利用時間は9時〜17時の間のみです
  • 外野スタンドの一部(盛り土構造部分)は老朽化のため立入禁止区域があります
  • 敷地内(駐車場を含む)は全面禁煙です

特に夜間照明がない点は見落としやすいので、試合や練習の予定を立てる際は必ず日照時間を考慮しましょう。

鳥屋野球場の歴史|1963年開場から今日まで

鳥屋野球場は60年以上の歴史の中で、新潟の野球文化の中心地として数えきれないほどの熱戦を見届けてきました。

プロ野球の公式戦が行われた時代から、高校球児たちが夢をかけて戦った舞台まで、この球場の歩みは新潟の野球史そのものとも言えます。

1964年新潟国体に向けて建設された経緯

鳥屋野球場が完成したのは1963年8月のことです。

翌1964年に開催が予定されていた第19回新潟国体(秋季大会が東京オリンピックの関係で春季に変更)の競技会場として整備されました。

国体という大舞台のために建設されたこの球場は、開場当初から新潟を代表する野球施設として多くの人に利用されてきた歴史を持っています。

新潟地震で一部損壊し長期閉鎖になった過去

開場直後、球場は予期せぬ試練に直面しました。

1964年の国体閉幕直後に発生した新潟地震によって施設が一部損壊し、1965年の夏まで約1年にわたって長期閉鎖を余儀なくされたのです。

開場してまもなく地震被害を受けるという苦難のスタートでしたが、修復後は新潟の野球場として着実に歴史を積み重ねていきました。

プロ野球公式戦の開催と1996年を最後に消えた一軍戦

鳥屋野球場では1966年から1996年にかけて、プロ野球一軍公式戦が開催されていました。

初の公式戦は1966年5月3日に行われたサンケイアトムズ(現・東京ヤクルトスワローズ)対広島カープ戦です。

その後も毎年のように公式戦が開かれ、新潟市民にとってプロ野球を生で楽しめる貴重な機会となっていました。

しかし老朽化や設備の問題もあり、1996年6月9日の近鉄バファローズ対西武ライオンズ戦を最後に、一軍公式戦はこの球場から姿を消しています。

高校野球・社会人野球の舞台として長く愛された球場

プロ野球の公式戦がなくなった後も、鳥屋野球場はアマチュア野球の重要な会場として機能し続けました。

特に高校野球の試合会場として多く使われており、新潟の高校球児たちにとってはひとつの目標の舞台でもありました。

また都市対抗野球の新潟県予選や、クラブ野球大会なども開催され、幅広い年代のプレーヤーに親しまれてきた球場です。

アクセスと利用方法|球場へ行く前に確認すること

鳥屋野球場へのアクセスは、バスと車の両方が選べます。

新潟市中心部から比較的アクセスしやすい立地にあるため、初めて訪れる方でも迷いにくい球場です。

利用する目的(観戦・練習・試合)によって必要な手続きも変わるので、事前に確認しておきましょう。

バスで行く場合のルート|新潟駅・市役所前からのアクセス

公共交通機関でのアクセスは以下のルートが便利です。

  • 新潟駅前発:女池・愛宕行きのバスに乗り、「野球場・科学館前」バス停で下車
  • 市役所前発:S50系統「西跨線橋・江南高校前経由 女池愛宕行き」を利用
  • S51・S52系統は平日約30分間隔、土日祝は約60分間隔での運行
  • S50系統は約30分間隔で運行中
  • 高校野球開催時には、原則として臨時バスの運行はありません

バスの本数は土日祝に減便となるため、試合当日は時刻表を事前に確認しておくことをおすすめします。

車で行く場合|国道8号線と駐車場情報

車でのアクセスは、国道8号(新潟バイパス)の女池ICまたは桜木ICから約5分と、非常に便利な立地です。

住所は新潟県新潟市中央区女池南3丁目6番4号で、カーナビに入力すればスムーズに到着できます。

公園内に駐車場が設置されているため、マイカーでの来場にも対応しています。

ただし、公園内の駐車場は他の施設とも共用となるため、大会当日などは混雑することがあります。

一般利用の料金と予約方法

鳥屋野球場を一般利用する場合の料金と予約方法をまとめます。

利用区分1時間あたりの料金
一般2,500円
競技団体・大学1,750円
学校1,250円
放送設備(オプション)150円
会議室(オプション)300円

予約方法は、インターネット(新潟市公共施設予約システム)・電話・窓口の3種類に対応しています。

インターネット予約には事前登録が必要なので、初めての方は余裕を持って手続きを済ませておきましょう。

問い合わせ先は鳥屋野運動公園球技場(電話:025-283-5855)です。

能登半島地震の被害と球場の今後|移転計画の全体像

60年以上にわたって新潟の野球を支えてきた鳥屋野球場は、2024年1月に大きな転換点を迎えました。

能登半島地震による被害と、その後の移転提言は、長年この球場に親しんできた多くの人々にとって大きな驚きをもって受け止められました。

2024年元日の地震で液状化被害を受けた球場

2024年1月1日に発生した能登半島地震(マグニチュード7.6)は、新潟市においても深刻な液状化現象を引き起こしました。

鳥屋野球場もこの液状化現象の影響を受け、施設が破損して使用不能の状態に陥っています。

元々、新潟市は鳥屋野球場について築60年という老朽化を理由に、2024年度以降に建て替えか新築移転かを議論する方針を示していました。

しかし地震による被害がそのスケジュールを大幅に前倒しする形となり、球場の将来像についての議論が急速に進むことになりました。

新潟市スポーツ施設の未来構想会議が示した移転提言

能登半島地震を受け、2024年2月に設置された新潟市スポーツ施設の未来構想会議は移転についての提言書案を取りまとめました。

その内容は、鳥屋野球場を現在地での建て替えではなく、鳥屋野潟南部地区(新潟県スポーツ公園内)への新築移転が望ましいというものです。

同年3月下旬には提言を正式に決定し、新潟市長の中原八一氏宛に提出する方針が明らかになっています。

この提言は、老朽化と地震被害という二重の課題を抱えた球場の問題に対して、新潟市として前向きな未来像を描こうとするものでもあります。

新たな球場建設候補地|鳥屋野潟南部地区とは

移転先として挙げられている鳥屋野潟南部地区は、新潟県スポーツ公園内に位置しています。

この場所には、すでに2009年に竣工した新潟県立野球場(愛称:HARD OFF ECOスタジアム新潟)が存在しており、NPBやBCリーグの公式戦も行われてきた実績があります。

同じエリアに新たな球場が整備されれば、野球施設が集約される形となり、利用者にとっても運営側にとっても利便性の高い環境が生まれることが期待されます。

今後の設計・建設スケジュールの詳細については、新潟市からの公式発表を確認するのが最も確実です。

まとめ|鳥屋野球場が新潟の野球文化に残したもの

鳥屋野球場は1963年の開場以来、新潟国体のための舞台として生まれ、プロ野球の熱気を新潟に届け、そして長年にわたって高校球児や社会人プレーヤーたちの夢の舞台であり続けてきました。

2024年の能登半島地震による被害で現在は使用できない状態が続いていますが、鳥屋野潟南部地区への移転という新たな計画も動き出しています。

60年以上の歴史が積み上げてきた野球文化と想い出は、これからの新たな球場へと引き継がれていくことでしょう。

鳥屋野球場についての最新情報は、新潟市の公式サイトや新潟市開発公社のページで随時確認するようにしてください。

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